現在ご活躍中の先生方

「教育の現場・職員室から」 紅林 尭樹先生 

 2015年から理科を担当している紅林尭樹と申します。
 始めて海星に来た時、生徒達に元気いっぱいの挨拶をされて、驚きとともに親しみやすさを感じたことを覚えています。 当時と変わらず、授業でも部活動でも、一生懸命な姿の生徒達を見ると微笑ましい限りです。

 さて、私は大学で「毒性学」を1つのテーマとして扱っていました。「毒」とありますが、「毒」とはどんな物をさすのでしょうか。
 例えば、フグが持つ猛毒「テトロドトキシン」は、1匹のトラフグの卵巣だけで約10人ものヒトを殺めることが可能だと言われています。 しかし、テトロドトキシンを持たないように養殖されたフグに注目すると、ストレスが増加し、仲間との噛みあいや、病気の増加が見られたそうです。 このテトロドトキシンは医療現場でも注目されています。
 同じように、鎮痛薬の「モルヒネ」。強力な作用を持つため重宝されていますが、副作用として便秘になってしまいます。 しかし、視点を変えてみると、モルヒネは下痢止めとして使用することが可能です。ですが、副作用として痛みを感じにくくなってしまうのです。
毒は、使い方によって、良い物、悪い物。薬の副作用は主作用にもなりえるのです。

 教育にも同じことが当てはまると最近感じています。 上記のように、生徒達、そして今後の海星の発展においては、様々な視点から取り組むことが重要だと考えています。
 三重県に住み始めて、教師になって、海星にきて、今年で4年目。自分らしさを大切に、海星にできることを精一杯取り組んでいきます。


「教育の現場・職員室から」 52回生(平成15年度卒) 伊藤 翔太先生 

 2011年4月に母校での教員生活をRestartすることになりました。 私は大学を卒業後、他県の県立高校定時制で数年勤務しながら、母校の教員採用募集のページをいつも確認していました。 特教4年生の時に志した目標をひとまず達成し、現在は社会科教員として、「自分の五感全てを使って、物事を捉える」力を後輩たちと一緒に身に付けています。 10代の視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚は繊細で、多様なかたちで物事を捉え、表現します。毎日のようにこの神秘に驚かせられ、エネルギーをもらっています。
 私が在学した6年間とは比べられないほど「技術革新」「国際社会」の時代に、なんとか後輩たちが今のルーティーンの圏外へ一歩でも踏み出すことを目標に彼らと接するようにしています。 この目標達成までの道のりが長いように感じています。想定し得る明日は寝ていても迎えることができますが、そうではない明日へ歩んでもらいたいです。 私も勿論彼らに負けたくはありませんので、彼らの背中を押しつつも頑張っていきます。
 突然ですが、6年前から海星の職員でバンドを組んで、「大人になると辛いことあるけど、大人だって案外楽しいんだぜ」と10代にエールを送る活動を学校内外で行っています。 その名も、海星の職員バンドですので、shock-in。嬉しいことに、ライブ会場には教え子が来てくれます。こちらもどうぞよろしくお願いします。


「教育の現場・職員室から」 49回生(平成12年度卒)小林 一憲先生 

皆様、お世話になっております。

 母校に奉職してもうすぐ丸12年になりますが、思えば多くの生徒との出逢いがありました。
 担任していたクラス・学年はもちろん、授業、部活、他学年、中学生…。
 奉職したばかりの頃の生徒たちは今や社会人として各界で活躍中です。

 今では教員と教え子の垣根を越えて、一人の男と男の関係となっているものばかり。
 私よりも先善き伴侶に恵まれ、さらにはその子どもを抱かせてもらうようになりました。

 これからもそんな多くの出逢いを次に繋げ、サポートするため、心血を注いでいきます。
 海星高校は、多くの卒業生の方々無くしては、存在しません。
 卒業生と酒肴を交わしながら話すのが何よりの潤滑油。
 そんな邂逅に、ただ感謝!


「教育の現場・職員室から」  44回生(平成7年度卒)位田 紀行先生 
karasuda

 私は本校で数学を担当しています。「教科を如何に教えながら生徒を惹きつけていけるか」を私自身のテーマとしています。生徒には公式や性質といった道具を使って問題を読み解いていくゲーム性が数学にはあるのだと知ってもらいたいと考えています。それと同時に、数学は少し勉強するだけでも簡単に得点がとれる教科なのだと生徒に実感していってほしいと思っています。その為にも、教科指導を通して生徒に数学への興味や探究心を育てていけるように日々の教材研究に私は打ち込んでいます。しかし、教材研究をしていても尽きることはありません。それだけに研究を深めていくときりがない教科なのだと思い、やりがいと充実を感じています。近頃、算数や数学の学力低下が問題になっています。海星の生徒には時代の傾向に流されず、数学を得意な教科のひとつにしてもらいたいと願っています。文系理系に問わず、数学が出来る生徒を育てていきたい。それが私の大きな目標です。


「教育の現場・職員室から」 17回生(昭和44年度卒)田中 秀二先生 

 同窓会の皆様、ご機嫌いかがですか。私は海星高校・英語教師として早くも29年、担任を24年間、私のクラスの教え子も約350人を数えます。
想えば、母校海星高校在学当時はサッカー部に在籍し、勉学とサッカーに若い命を打ち込みました。実際にはサッカーばかりだったような気もします。
昭和48年に母校・海星高校に赴任し、今度はサッカー部顧問として暑い情熱を燃やしてきました。新任当時、ある生徒が「先生、勝つッカーを教えて下さい。」と言われたことが忘れられません。夢中で自分なりの勝利のノウハウを伝授した結果、見事、次の試合は私のスタイルで「6−0」の勝利をあげました。私がサッカー指導の醍醐味とクラブを通じた人間関係の素晴らしさを味わい、同じ志を持つ生徒と出会う喜びを痛感したのはこのときです。
 以来、私はサッカー部顧問と英語教師として、夢中で生きてきました。
なかでも、強く印象に残っているのは平成11年度インターハイ県大会決勝戦のことです。教え子の一人で、今は海星高校体育教師でもある青柳先生が率いる海星高校サッカー部と、同じく十数年前の教え子であった海津君が率いる暁高校サッカー部が、晴れの舞台で激突しました。もちろん海星高校に勝ってほしかったのですが、教え子同士が監督として、戦ったことは教師冥利に尽きます。このときほど長い間、サッカー部顧問として尽くしてきたことの幸せをかみしめたことはありません。
 ところで、ご存知のように、本校サッカー部は打倒「四日市中央工業高校」の望みをまだ叶えておりません。この夢は若き顧問の青柳先生に託すとして、現在では私は部長として裏方に徹し、側面からクラブを支えています。
 平成14年度は新人戦ベスト8、県インターハイ予選ベスト4に入賞し、青柳先生のもと着実に実力を蓄えつつあります。来たる10月19日から行われる全国サッカー選手権県予選大会で全国大会初出場をめざし、部員一同一丸となって練習しています。ちなみに日程は次の通りです。ぜひ応援にお越し下さい。 10月19日(土) 二回戦 「上野農業高校」
(11時10分・キックオフ・於・海星高校サッカー場)


「教育の現場・職員室から」 22回生(昭和48年度卒)中野清先生

 21世紀も2年目の春がやってきました。毎年、4月は自分も新入生のように新しい1年を期待と不安でむかえます。特に今年のように校長が変わったりするときは期待の方が大きくなります。同窓生の皆様方も同じように何か新鮮な気持ちになっておられるのではないでしょうか。
 私は「鉄腕アトム」の世代ですから『21世紀』にはすごい期待感を持っていました。実際には21世紀は何ということもなくやってきました。でも、よく考えるとやっぱり「鉄腕アトム」を見ていた時代からは想像もできなかったこと(パソコン、インターネット、携帯電話、DVD等)がたくさん実現しています。あと30年もすればどんなことができるようになっているかと思うと楽しくなってきます。我が母校は21世紀にどんな変化をみせてくれるかも楽しみです。とはいえ、自分がその中にいるからにはひと事のように見ているわけにもいかないわけで、さてどう変化させるべきか、また、何を変えずに残すべきかいろいろ思い悩むところです。同窓会の皆様も21世紀の、また22世紀にむけた海星のすがたにいいアイデアがありましたらお聞かせ願いたいと思います。


「教育の現場・職員室から」 32回生(昭和59年卒業)藤田勝成先生 

 皆様には日頃から御世話になっております。
 学校を取り巻く環境が年々厳しくなっている中で、現在でもいい生徒がたくさん入学してくれることは、うれしいことだと思います。昔の様に「圧しも圧されもせぬ」海星に復活してもらいたいと思っております。私も卒業生の一人として、現状では少し淋しく思います。
 各々の社会で活躍されている先輩方と共に、私も頑張って参りますので、どうぞ海星のより良い発展の為に御協力を御願い致します。


「教育の現場・職員室から」 23回生(昭和50年卒業) 林 尚登先生 

 海星高校同窓会の皆様、いかがお過ごしでしょうか。それぞれ、職場の第一線でご活躍のこととお慶び申し上げます。私、林(旧姓・位田)尚澄も母校で元気に頑張っています。
はやいもので、教職についてから、20数年が過ぎ去りました。現在は高校一年生・進学コース担任をしております。前回の担任グループから、とうとう海星時代の同級生の子息を担任するにつけ、歳月の重みを実感します。私個人としては、自転車に乗り、制服・制帽姿で、塩浜から通学していた時代がついこの間のような気もするのですが。
 さて、社会構造が複雑になり、授業中に携帯電話を使わないよう指導しなければならないほど、先端技術の発展が目ざましく、さらには多様で個性的な価値観が混在する新しい時代を迎えた今日、海星の教育も変化しないわけにはいきません。来年度からは週休2日制や、45分授業の導入、新・学習指導要領の実施など、海星の教育の現場は激しく動いています。今後はこのような変革の新世紀に対応する海星高校を築き上げて、地域教育に貢献していきます。具体的には優秀な生徒を多く確保し、その若く純粋な感性を持つ生徒諸君に海星の建学の精神である「敬神」「愛国」「孝養」と男子校ならではの「たくましい教育」を施すべく全身全霊で努力する所存です。どうか、今後とも温かい目で海星中・高等学校を見守り、力強いエールをお願いします。
また、いつでも母校へお寄り下さい。スクワットなどのよき思い出話も今となってはただ、懐かしいものでしょうし、当時の秘話もお聞きしたいものです。最後になりましたが、皆様の一層のご活躍をお祈り申し上げます。


「教育の現場・職員室から」 35回生(昭和62年卒)青柳 隆先生 


21世紀。
野球部だけの活躍でなく、
このメンバーで全国を狙います。
海星高校サッカー部


「教育の現場・職員室から」 26回生(昭和53年卒業)湯浅和也先生 

同窓の皆様、お元気でしょうか。今、海星高校を卒業されてどの様な思いをお持ちでしょうか。よかったですか。海星で学んだことはどんなことだったでしょうか。
くだらない質問で申し訳ありません。教育の定義は複雑で多岐にわたります。
ここで、私なりの教育の思いを語りたいと思います。こんな物語があります。
タイトルは世界一の贅沢男。ではまいります。この男世界一の金持ちらしい。
名前はわからない。年齢も不詳。風体と言えばどこにでもいるような平凡な男である。
しかし誰も彼もこの男の素性を知らないのである。まことに不思議である。まるで風か雲のようである。いつ来ていつ居なくなるか誰も気がつかない。
そんな男がある時こんな事を言ったことがある。俺は今日、世間でいう金を100億使ったんだ。みんな呆気にとられている。それも一瞬であとは笑いの渦である。
しかしその男はさらに続けた。本当は1000億でもよかったんだ。明日はどのくらい
使うかわからないな。冗談とも言えぬ顔つきである。「ほう」ため息まじりの嘲笑である。誰かが聞いてみた。「そんな大金どうやって使うんだね」。その男はあたりを見回して
にっこりした。そしておもむろに紙のようなものを懐から取り出した。これは神様から
貰った領収証なんだ。今日の分の明細が書いてあるだ。読んでみようか。
男は大きな声で発表し始めた。そこに居る連中の目が皿になった。朝起きて今日の
始まりに10億。家族の健康に5億。友達の笑顔に3億。美しい花を見て1億。
ランチに5000万。午後の昼寝に500万。さらに続く。読みたかった本を見つけて
1億。早春の光を浴びて10億。世界の平和を祈って30億。2億。3000万。・・・そして最後に神の愛に時価。男は汗をかきながらその発表を終えた。
あたりは静まりかえっている。だれも口を開こうとしない。男はその静寂に向かってこう付け加えた。そのお金は透明で重さがないから持ち運び自由。いくらでも使えるから無限。変な借金取りもこない。まさしく俺は世界一の贅沢男。周りが騒がしくなってきた。
男はいつの間にか居なくなっていた。
どうでしたか。面白ろかったですか。ふざけているのではありません。本題に入ります。
人生は一度きりです。教育(表面)は歴史の流れの中で色を変えてきました。
時の権力者によって都合のいいように操られました。日本でもそうでした。多くの人々が命を失いました。そして21世紀の今また歴史は繰り返されています。悲しいことです。戦争の起因する要素は、宗教、思想、人種ではないでしょうか。これも教育なんです。
個人レベルではなく国家間の対立になれば大変な事になります。 それぞれが(国家)が教育の基準(価値)を持ちその対立構造がその引き金になっています。すべてが正義を主張するのです。そして最後のシナリオは戦争です。教育が悪用されているのです。
教育の本質を考える必要があります。私は世界のすべての人が心豊かに平和を享受できる世の中を造ることが教育の進むべき道だと信じています。皆様はどうお考えでしょうか。優秀な大学に進学させることが高校教育の目的ではありません。知的学習を否定するものではありませんがあくまで方法、手段としてそれを捉えるべきです。進学校は結果を求められます。苦しい立場にあります。でも、海星高校はそれを目指そうとしています。私はそれを誇りに思います。ここで生徒(御大切)によくする話を紹介します。
人生は一度きりです。人は生まれて死にます。これは自然の摂理です。だからこそよりよく生きることを考えなければなりません。世の中は矛盾だらけです。悩み苦しむことが数多くあります。しかし自分を持つことができます。あなたは人生の主人公です。
人生を楽しみましょう。あなたは主演、演出家、脚本家。すべてあなたの思い通りになります。少し勉強して華やかな衣装を身につけることも出来ます。そしてたくさんの人と出会っていろんな経験をすることも人生を充実させます。さあ、生きよう。
同窓の皆様、現実社会の厳しさは相当なものであると思います。頑張ってください。
陰ながら応援しております。たまには海星高校にお寄りください。感謝


「教育の現場・職員室から」 25回生(昭和52年卒業)細田拓也先生 

 現在、高校3年生の担任として生徒とともに進路を考える毎日ですが、同時に志を持った新入生が海星にたくさん入ってくることを願って、生徒募集活動にも携わっています。
 日本の教育が、今確かに曲がり角に来ていると誰もが実感しています。海星を取り巻く環境の変化もここ数年は特にめまぐるしく、いろいろなことへの対応に追われる毎日を実感しています。
 間近にせまる週5日制への移行や、新しい学習指導要領の導入は、学校のあり方の本質的な転換を予感させるものです。聖ヨゼフ・カラサンスの学園創立理念を、単なる合い言葉に終わらせず、この日本の地で、またこの時代に、どう具体的に実現していくかがまさに問われています。海星学園の教職員はもとより卒業生も一体となって、21世紀にふさわしい青少年教育のあり方を具体的なヴィジョンとして構築し実践する時が来ているのではないでしょうか。
 海星が海星であることは、単に「公立や他の私立とは違う」と言うことではなく、「海星に確かなものある」ということだろうと思います。カトリック・ミッション男子校として、伝統の上に新たな歴史を創るという気概がOBとしての心構えでもあると肝に銘じています。


「教育の現場・職員室から」 33回生(昭和60年卒業)渡邉陽一先生 

海星同窓会の皆様初めまして。海星中高等学校で数学と技術(コンピュータ教育)を担当させていただいています渡邉陽一と申します。昨年度まで特教6年制コースの担任を6年間担当し、今年度新たに特教1年生の担任をしています。毎日生徒たちと数学やコンピュータの学習をしたり、クラブ活動(高校テニス部)で汗をかいたりしています。
現在海星高校は、インターネットを利用した教育や情報社会に対応できる生徒の育成を考えています。情報やコンピュータは、マルチメディアやネットワークの活用によってますます拡大してきています。特に、情報通信基盤の発展により、インターネットの普及、携帯電話等による電子メールの普及は大人だけでなく子供たちにも多く浸透してきており、私たちの生活の中でも身近なものになっています。海星高校においても、インターネットの普及により、情報収集や情報発信等、広範囲に利用されています。学校教育でも、これまで以上に情報教育が重要になると考えられます。今後、英語を中心とした教科の学習にも取り入れられようとしています。本校の生徒も、これからの情報社会の生活するにあたって、その生活をより向上させるために情報や情報技術を効果的に活用したり、適切な判断をしたりする能力を身に付ける必要があります。このような能力の育成は、コンピュータの操作方法や機能の説明に偏らないように注意し、生徒の興味、関心に応じて内容を検討し、改善していく柔軟性が必要になります。私は、生徒がコンピュータを考える道具、表現する道具、コミュニケーションの道具として活用できるように指導し、情報教育を推進していくことを目標にしています。今後も、21世紀における海星中高等学校の発展のため、海星同窓会の皆様のご指導ご協力をお願いいたします。願っています。


「教育の現場・職員室から」 29回生(昭和56年卒業)中瀬修介先生 

 同窓会の皆様におかれましては、益々のご健勝のこととお喜び申し上げます。私が 縁あってこの海星高校に勤務させていただくことになって、はや十数年が経とうとしています。その間、海星高校の内外では色々な出来事があり、それらの出来事に伴い 海星高校も大きな変化を遂げたように思います。
 その変化の一つの例として、海星高校の基礎を作り上げてきた先生の多くが、定年退職され、それを受け継ぐ若い先生が増えたことがあげられるのではないでしょう か。私達のようなまだまだ経験の少ない若輩者が、これから色々な経験をする中、迷ったり、悩んだりした時、今まででしたら教育のベテランであり、又恩師でもある先生方にすぐに相談することができました。しかし、世代交代が進む中、それがだんだんできなくなってきています。このような時期にあたって、同窓会の皆様のアドバイスが海星高校の発展に今まで以上に重要になってきているということは言うまでもありません。
 ここ数年、同窓会会長の小林秀輔氏を中心に同窓会活動が活発になり、同窓会と海星高校との結びつきがますます強くなってきているように思います。これは私達教員にとって、とても心強いことであり、これからの海星にとって必要不可欠のことだと思います。
 21世紀の海星高校は、卒業生・在校生そして教員が一体となって発展していくものと信じています。どうかこれからの海星高校の発展のため皆様のお力添えをお願いします。


「教育の現場・職員室から」 37回生(昭和64年卒業)高田光栄先生 

 皆様初めまして。母校である海星に、縁あって勤めさせていただいている高田光栄(みつなが)と申します。教科は英語で、13年度の現在高校進学コース2年生と3年生を担当しております。大学での専攻は英語科教育、その他英米思想や英語学などを少しかじりました。
 
 この場では、最近私が学校で参加している活動の中から見た学園について述べさせていただこうかと思っております。それは聖歌隊の活動です。夏までは、宗教部という業務の、裏方役中心だったのですが、恩師である辻先生にそそのかされて(?)、軽い気持ちで歌い始めてみたのが始まりでした。今では練習はほぼ毎日、昼休みに有志の先生がたと生徒たちで、辻先生を中心に続けています。海星はカトリック系のミッション校ですので、クリスマスや卒業式などを中心に、式典が含まれる行事において、聖歌隊が歌って場の雰囲気を作ることがあるわけです。ただ男子校ということで、ミッション色にあまりなじめない生徒たちに白い目で見られているかなと感じることもありますが、外から見ているよりは、参加しているほうがずっと面白いと思います。
 個人的には、特に四声合唱のハーモニーの美しい曲が好きで、すごく長い上に展開が速くて大変なものもあるのですが、それだけに皆で何十時間も練習を重ねた後、ビシッと全パートで合わせられた時の気持ちよさは格別です。昼休みを中心に毎日のように練習するのは、その難しい曲を覚えた、歌いこなせたという征服感や達成感のためだと言ってもよいでしょう。ちなみに、私はクリスチャンではありません。実は聖歌隊の構成メンバーの多くも信者さんではありません。ベテランの渋い先生もキレイな女の先生もみえますが、多くの方は純粋に音楽的な興味で参加していただいているようです。参加してくれている生徒も含め、皆さんが合わせられる時間が少なく、大変な面もありますが、全体としては楽しんで活動しています。 辻先生がリードされるこの聖歌隊が、きちんとした形で活動を始めたここ数年のことですが、海星が、2世紀を迎えて今後もカトリック校としてあり続けるのであれば、聖歌隊の歌もそのシンボルのひとつとして、末永く存続させていっていただけたら、と願っております。学校の魅力を増すために、学校の差別化・個性化が叫ばれています。海星につきましては、ヨーロッパ的な上質な学校の雰囲気をつくり出すために、聖歌隊や宗教部の活動に、今後とも今まで以上のご理解をいただけますようお願いして、この場を締めくくらせていただこうと思います。


「教育の現場・職員室から」 29回生(昭和56年卒業)清水達也先生 

 皆さん元気ですか。社会科の清水です。今は写真部の顧問として生徒とともに活動しています。自分自身も写真は好きなので時々撮影に出掛けますが、学校で生徒の写真を見せてもらうといつも新鮮で驚かされます。生徒の感覚は非常に斬新で、レンズを通して見る世界がおもしろいです。最近の高校生は元気がない、とよくいわれますがクラブの生徒や三重県の高校が集まって開く展覧会での作品を見ていると、その若さのパワーとしゃれた感覚がすばらしく、元気のあるのがよく分かり、大丈夫どころか新時代をしっかり築いていくような力を感じます。これからもそうした生徒たちの新しい感覚を大切にしながら母校の海星で私もしっかり頑張っていきたいと思っています。いま写真部は“写真甲子園”という全国大会にむけて作品づくりに取り組んでいます。3年前に一度、近畿ブロック代表に選ばれ出場したので今年も出場をめざして頑張っています。今年は“ふるさと”をテーマに各学校が生徒3人でチームを組んで8枚の組み写真をつくり応募します。新しい感覚をどんどん取り入れて生徒も頑張っています。是非応援してください。
 話は変わりますが、最近すっかり映画にハマッています。時間を見つけては映画館に足を運んでいます。学校の職員室では物理の伊藤仁先生たちと映画談議をしています。最近は少しマイナーなアジアやヨーロッパの映画や日本の映画を見るために名古屋に出掛けることが多くなりました。アメリカ映画では感じられない味わいがあり、最近のひそかな楽しみです。みなさんもいい映画があれば教えてください。


「教育の現場・職員室から」 45回生(平成9年卒業)高田篤先生 

初めまして同窓生の皆様。今回一番手でホームページに掲載させていただきます高田篤と申します。
私はこの春から国語の教師として海星高校に戻って参りました。どうぞよろしくお願いします。
さて今回のテーマ「21世紀の母校海星を想う」ですが、最近生徒数の減少という事が深刻な問題となってきていて私も非常に気になっている所であります。もちろん自分が勤めている所だという意識だけではなく、自分の母校が深刻な問題を抱えているという気持ちがほとんどです。確かに在学中は男子校ということもあってか、あまり好きだとは思いませんでした。しかし卒業し少し違った角度から海星を見たとき、やはり母校海星は良いもんだと思いました。この気持ちをこれから海星を巣だっていく生徒たちもきっと持つであろうと思います。ですから21世紀の海星が昔と変わらない良さを持ち続ける為にも、先ずは海星がここに存在しつづけなくてはなりません。そのために何ができるかは私にもまだわかりませんが、きっとどこかに答えがあると信じて微力ではありますが、海星出身の教師として海星の未来のために日々の教育活動に全力でぶつかっていきたいと考えています。そして海星が21世紀という時代を生き抜く御手伝いができればと考えています。


「教育の現場・職員室から」 下村和之先生
H26年4月より校長先生 

 同窓会の皆様、本年度より教頭となりました下村です。今年度は学園創立より60周年、またエスコラピオス学園海星高等学校創立50周年という、非常に大きな節目の年であります。その年度をこのような立場で迎える事に、私はその責任の大きさを痛感しております。学園は還暦を迎え、今後新しい周期へと入ってまいります。その新しい周期の海星がすばらしい躍進をとげる事となるよう努力しなけらばならないと思っております。 私もこの海星中学高等学校に勤めていつの間にか26年目となりました。その間、多くの生徒さんに出会い、卒業を見守る事ができました。男子校というものを自分の学生生活の中で知らなかった私にとって、この海星での生活は極めて新鮮なスタートを切る事ができた事を今も覚えています。学校に来てみるとまさに男ばかりの世界、その入学式を始めて見た時はある意味壮観でありました。大学では工学部という事で、それなりに男子の世界を過ごしてきていたのですが、黒い学生服に包まれた男子のみの体育館での姿の第一印象は忘れる事のできない形で残っております。それは新鮮さとともに、いい意味の緊張感を持って教職をスタートできる結果となりました。しかしながら、新米教師である自分の最初の数年は本当に生徒のみなさんに申し訳ない指導だったと今も反省しております。もちろんその後の指導が良いものだったかというと必ずしも言えませんが、ある時、生徒から教えられる事の多さに気がつき、片意地張った自分に反省することが出来た日から自分は変わる事が出来たと思っています。教師は指導者であるだけでは無いという当たり前の事に気がついたのですね。そのおかげで卒業式は常に生徒のみなさんへの感謝の気持ち一杯で迎える事が出来ています。誠に幸せな事であります。 私は今までの海星での生活を大きな財産として今後の教職に活かして行きたいと考えています。平常の授業やクラブの学校生活だけでなく、キャンプや修学旅行、アメリカやオーストラリアへの海外研修の引率、文化祭への準備活動など様々な場面での生徒の姿を見る事によって得たものは本当に大きな財産だと感じています。自分はそのような面から見ると、クラブの全国大会への引率もテニスだけでなく、スキーのような特別なものへの引率や、あるいはディベートの全国大会に引率させて頂くなど、本当に生徒のおかげで恵まれた経験をさせていただくことが出来ました。生徒によって自分の教師としての成長を助けていただいたことを実感しており、これをいかに生徒みなさんに返す事が出来るかが大切だと思っております。そしてそれが今後の海星の発展につなげる事が出来ればと考えております。 現在、社会では人間力という言葉が多く語られています。海星はミッションスクールとして常に人間教育を第一に考えて来たと思っています。その教育方針は昔も今も大切なものである事に変わりはないだけでなく、今こそ求められているものであります。そのような意味からも、海星中学高等学校の社会における役割はますます重要なものとなって行くに違いありません。その海星中学高等学校の教師は今後も生徒と共に成長し続けていきます。三重県の私学の雄としての自信を培いつつ今後も海星は存在していきます。 最後になりましたが、その海星にとりまして同窓会会員であります皆様の力がきっと大きな支えとなっていくと考えております。世界の多くの私立学校はOBの方々、地域の皆様の物心両面にわたる支えで成り立っております。今後、日本においても私立学校はそのような状況を迎えていくのではないかと私は感じております。そのような意味でも、この同窓会と学校のつながりは今後も重要なものであり続けると考えていますので今後ともよろしくお願いいたします。


 
「教育の現場・職員室から」 水野学 先生 
tanaka

 1978年に海星に来てから早25年が経過します。最初は他県の高校に就職しました。最初に就職した学校ということもあり、今でも大変懐かしく思っている学校です。5年後結婚を期に生まれ故郷の三重県に戻り、海星にお世話になることになりました。今回は海星赴任当時のことを思い出して感じたことを紹介したいと思います。
 海星に赴任が決まった時に、また甲子園だと思いました。実は前任校でも何度も甲子園に応援に行ったものだから、私はよほど甲子園には縁があるのだなあと感じました。
海星には、全職員がまったく平等で上下の階層もなく対等に意見が交わせるアカデミックな環境が整っているのにびっくりしました。これがカトリックの学校なんだ。前任校では家族的な雰囲気はありましたが、職場が会社組織のようにピラミッドになっていて、組織的にまとまって行動しました。海星では組織よりも個人が尊重され、各個人が自分の信じることを精一杯努力すればよい。さぼっていても誰も何も言わないが、常に個人の力量が試されている。その分責任も重大だ。やることさえやれば、16時に帰るのになんの躊躇もいらない。でも当時はまだ明るい間に帰宅できるのがとても変でした。
 海星の長髪(刈り上げだったが)にもびっくりしました。当時はまだどこの学校の生徒も丸坊主だったと記憶していますが、海星男子はとても清楚で「かっこいい」と思いました。私は小中高大と共学の中で育ちましたが、男子ばかりの学校もさっぱりしていてとても気楽だなと感じました。三重県下では唯一の男子校になってしまいましたが、私はこのままの方が今でもいいと感じています。
 入試の処理や実力試験にコンピュータが利用されていたのにもびっくりしました。しかもまだパソコンがない1970年代後半に!! 1980年代始めになってやっと現れるパソコンも次々とリベロ校長が導入してくれました。私はそれまで触れたことのなかったコンピュータに魅了されて、あっという間にはまり込んでしまいました。最初に触れたパソコンはメモリーが16Kバイトでした。あれから20数年が経ちずいぶんコンピュータも進化しました。その間ずっと私にコンピュータに従事できる機会を与え続けてくれた海星に感謝しています。
 人間は自由が与えられている時こそ、自分の本性が出るものですよね。私は本来怠け者なので、何かしないとこの自由なアカデミックな学校では、また優秀な先生方ばかりの職場では、自分が埋没してしまうと感じました。与えられた仕事とは別に、趣味を活かして、コンピュータの得意な仕事を見つけては、放課後や帰宅後夜遅くまでプログラミングやデータベース化に時間を費やしてきました。結果的には、いつのまにかコンピュータ化する仕事が自分の校務になっていました。好きでやっていることなのであまりストレスがたまることもなく、これまで楽しく仕事をしてこれました。ストレスのこといえば、私は16歳の時からずっと単車に乗っています。高校・大学も、前任校・海星も雨の日も真冬でも毎日単車で通学・通勤して来ました。なぜか単車に乗ると嫌なことも一瞬にして吹っ飛び、気持ちがすっきりするのですよね。今は湯の山付近の5分間ほどの林道走行の通勤が最高に素敵です。家に帰ると365日欠かすことのない適度な晩酌が待っています。これも大いにストレス解消になっているのでしょうか。
 最後に、何でもできるこの自由な雰囲気の職場に感謝します。


 
「教育の現場・職員室から」 浅野 辰彦 先生 
asano

 同窓会の皆さん、はじめまして。浅野と申します。はやいもので、こちらの学園に赴任して、はや10年の月日が経とうとしています。今思うとあっという間の出来事であったような気がします。その間いろいろな生徒たちと出会いそして別れ、この春にはこの学園での2度目の卒業生たちが大学の学業を終え、社会に巣立つこととなります。
10年前、卒業生でもない私は、初め戸惑うばかりでした。「厳しい。この学校はなんてスパルタなんだ。」と、当時を振り返ると面食らうことばかりだった気がします。しかし「生徒のことを真剣に思うなら、叱ってやれ」という先輩の教えに接し、自分の甘さを痛感したのも確かです。
もともと私は、教育とは「待つ」ことだと考えておりました。そんな私が今こうありたいと思っているのは「地蔵尊」の姿です。これはいわゆる「お地蔵様」。お地蔵様というのは、旅行く善人に対してはとても優しく慈しむ眼差しで見つめ、いつまでも待って見守っている。しかし、悪人に対してはとても恐ろしい形相で懲らしめる。そんな態度で私は、生徒に日々接していきたいと思っています。これは最近の生徒指導の理念では、カウンセリングマインドとリーダーシップと言い換えることができるでしょうか。
ところで、国語教師としての私が、今とくに力をいれて授業に取り入れていこうと考えているのは、「読書という行為」です。なんとかして、これを私の授業とリンクしていけないものかと、いつも考えています。それはどうやって本(文章)を読むかという以前に、本を読もうと思い立たせることが、今の子供たちにはとても難しいように、私は感じているからです。確かにどうやって問題に正解を与えていくかということも、入試という現実がある以上、とても大切なことです。しかしそれを突き抜けて、子供たちが生きていくために必要な国語力とは何でしょうか。どんな分野に将来彼らが進んでいこうと、その分野で必要になる「型」というものがあるはずです。それを学びとっていくためには「見る」・「まねる」ということが欠かせないことでしょう。そんな時、誰にも教えてもらえないから、何をやったらいいのかわからないと言っていては困るのです。自ら学び取っていくために、何が自分に必要かを自分で判断し、自分で見つけ出していく必要があるのです。さらっとした文の集合体であるテキストから、何かを学び取っていこう。そんな習慣づけができれば、しめたものだと思っています。見つけ出したものに自分なりの意義を与え、自分の「型」としていく。これは現実社会というテキストでも同じでしょう。
まだまだお伝えしたいことはたくさんありますが、紙面の都合もありますので最後に一言だけ。私という存在はとても小さなものですが、この学園の、そして生徒達の心の一隅を照らしていければ幸いだと思っています。それでは。


「教育の現場・職員室から」 別府せい子 先生 
beppu

 大学を卒業して一年後、海星高校に来ました。それ以来二十数年、私にとっては常に居心地のいい場所でした。生徒達との出会い、授業やさまざまな学校行事、印象深いことは多々あります。中でも自分が英語科ということもあり、今年で18回目を迎えた海外研修に関しては特に思い出深いものがあります。いままでにアメリカとオーストラリアへ合わせて7回、生徒達と一緒に参加し、それぞれの土地でいろいろな経験を共有してきました。また、3年に一度行く修学旅行は、準備は大変ですが、楽しいことの一つです。
 私が好きなことは、街歩きです。国内でも海外でも新しい町を訪れるときには、地図と路線図を片手に、バスに乗ったり、電車に乗ったり、テクテク歩いたり、もちろん車で行ける範囲であれば車で走り回ったり、朝から晩まであちこち出歩いています。海外研修では、アメリカはセーラムやサンディエゴ近郊、オーストラリアではアルストンビルという小さな町に滞在しました。人々がどんな家に住み、どんな物を好んで食べ、どんな服を着、どんな日用品を使っているかを真近に見、どんなことを話題にし、興味を抱いているのかを街を歩いている間に実感し、そのうちにその町の人々の暮らしが少しずつ見えてきます。自分で出かける場合にもツアーには入らず、どこかの都市や町に何日かとどまり、必ず自分の足で街のあちこちを歩きます。
 今年度は中学校3年生の担任でもあるため、6月に北海道研修に出かけました。生徒たちにとっても印象深いものだったことと思いますが、私自身もかなり期待し、また満足のいくものでした。函館、小樽などの街を歩くことができたたからです。もちろん生徒が学習するための研修ですが、生徒のためといいながら自分でも楽しんでそれぞれの街の歴史や見どころを調べ、生徒と一緒に学年ニュースや資料作りなどすることができました。生徒以上に念入りに自由行動の計画を立てしっかり歩いてきました。
 海星に来たばかりの頃は生徒たちと友達のような関係でした。今では生徒たちとはずっと歳が離れてしまいましたが、「一緒に楽しみながら何かを経験したい」と言う気持ちはいつまでも持っていたいと思っています。もちろん、授業ではあいかわらず厳しく接するつもりですが。。。


「教育の現場・職員室から」 鷺坂敏之 先生 
washisaka

皆さんこんにちは。平成5年度より海星でお世話になっております、美術科の鷺坂敏之です。私が着任するまで美術の授業は全て講師の方がしてみえたと聞いておりますので、海星では初の美術専任教員となります。
 他県出身のため、三重県の学校事情は公立も私立もほとんど知らぬまま教員となり14年。その中の10年をこの海星で過ごしてきました。
 前任校はヤンチャな生徒が多い学校でしたので、海星に来た時「なんて真面目な生徒が多いのだろう。」というのが第一印象でした。スポーツにも学習にも前向きに取り組む生徒が多く、この中で教員として働けることに喜びを感じております。

 私の携わる美術教育は、音楽教育と共に「豊かな心を育てるための情操教育」として大切な位地におかれています。しかし残念ながら今の学校教育の中では、ごく一部の生徒以外は入試に関わりがない教科ということもあり、授業数が他教科に較べとても少ないのが現状です。それは海星でも同じことなのですが、生徒たちはその限られた時間内で精芋行っております。美術教員の役割は技術的指導はもちろんですが、生徒の持つ漠然としたイメージをいかに形として表現させていけるか、そのプロセスの中でいかに良きアドバイザーとして存在できるかが重要となります。当然マニュアルがあるわけではないので手探りの部分が多々あり、今だ勉強中といったところですが、自分の教員としての経験、そして物造りの研究をこれからも積んでいき、より上の指導が出来るように努力したいと思っております。

 美術部の活動は年々活発になってきています。
「美術好きな者が集まり、日々制作に打ち込む・・・」。文化部は地味なイメージがあるかもしれませんが、うちの美術部はなかなか存在感があると自負しております。当然男子部員しかおらず、また顧問の私が彫刻専門というのもあってか立体造形作品を手掛ける部員も多く、展覧会では他校と較べ個性的な作品が並ぶブースになっています。クラブの活動報告は海星のHPに載せてありますので、もしよろしければ観てください。

 今年も新たに巣立っていく生徒たちがいます。生徒たちからは「兄貴分」的な存在でいたいと思っていたら、いつの間にか「おじさん」的存在になってきました。いつの日か「親父」的存在になるのでしょうが、気持ちだけは歳を取らぬようにして生徒たちと関わっていきたいと思っています。RCの『僕の好きな先生』を地でいく美術教員を目指して。


「教育の現場・職員室から」 ホセ=ルイス=イルズン 先生 
iruzun

 神父と先生  ホセ=ルイス=イルズン

 30年以上前にスペインから来たイルズンです。
 小学生の時、ある日、先生はクラスの皆に作文を書くように命令しました。テーマは「将来何になりたいですか」でした。私は迷っていました。村の神父様は大変好きだった。優しくて、他人、特に貧しい人々のために尽くしていました。あの神父様のようになりたかった。けれども先生も好きだった。だからその2つについて書きました。
 12歳になって急に神父になりたいと思った時、父の弟に相談しました。彼はエスコラピオス修道会の神父でした。それでエスコラピオス修道会に入りました。
 教育は将来のためです。その役目は将来の社会に奉仕する人を作ることです。
 現在の子供たちが大人になって奉仕する社会はどんな社会でしょうか。いくつかの特徴や傾向を挙げることができると思います。
 1.環境について心配を感じること。
 2.自然を愛したり、大事にしたりすること。
 3.人権に敏感であること。
 4.平和を愛すること。
 5.世界はますます国際的なものになっているから、他の文化に心を開くこと。
 6.世界は大きな家族のようなものになっているから、兄弟のようにお互いに尊重しあい、お互いに愛し合うこと。
 これらの点は教育の大切な点だと思います。これらを教えなければならない。
 人間が一人一人良い人間にならなければ社会を良くすることはできないから、精神の徳である正直、誠実、奉仕の精神、情け、協力、勤勉などのようなことを教えるのは最も大切なことだと思います。


「教育の現場・職員室から」 平井 弘 先生 
Hirai

 私と海星の関わりは、故エンリケ・リベロ神父様が私の妻の英会話を指導してくださったことから始まります。
 当時、私は県内の大手学習塾に勤めておりましたが、同じ職場の妻から海星の話、特にリベロ神父様のことを聞き、是非とも会って話がしたいと考えるようになりました。直接会ってお話を伺う機会はほとんどありませんでしたが、翌年から海星で理科教諭として教鞭を執らせていただくことになりました。
 リベロ神父様と共に海星で活動できたのは講師としての2年間でしたが、その存在感は極めて大きく、豊かな人間性にはただただ感心するばかりで、私などはリベロ神父様の足元にも及ばない小さな人間であることを自覚する他はありませんでした。

 そのリベロ神父様はすでに神様のもとに召され、以来、海星は大きな核をなくしてしまったように感じます。今こそ全職員が一丸となって、亡き神父様の代役を務めなければならないと考えています。
 これからも私は許される限り海星へやってまいります。それは、海星の持つ、他校にない魅力を強く感じるからであり、リベロ神父様の御霊が私たちを守り、そして、導いてくださると信じているからです。


「教育の現場・職員室から」 44回生(平成7年卒業)加藤 和彦 先生 
Katou

同窓会の皆様、初めまして。昨年度より海星でお世話になっております。今年の四月から担任を持たせて頂いていますが、生徒との信頼関係を築き、それを大切にしていくことを日々の努力にしています。

 思春期の生徒たちは様々な悩みがあり、信頼できる誰かに頼りたい時があるはずです。
私たち大人も、仕事や人間関係がうまくいかなくて気持ちが落ち込み、誰かにその話をして理解してもらいたい時がたくさんあるわけですから。先生は、彼らに「この人を慕っていれば大丈夫だ」という信頼感を持ってもらえる人間になる必要があります。

 信頼される人間になるには、先生自身の努力と勉強が必要になるわけですが、その中でも、先生自身の価値観をしっかり持つことが大切であると考えています。これは個を尊重する現在の教育の流れに逆らうような考えかも知れません。三十人の生徒がいれば、三十個の価値観が存在するわけですから、先生の価値観を彼らに押しつけるべきでないという見方は、確かに正しいかも知れません。
しかしながら、人が誰かを教える時に自分自身の価値観を持っていなければ、満足に教えることは出来ません。一つの価値観を示すことで、彼らは一つの基準を見つけます。その通りだと共感できる者もいれば、そうでないと感じる者もいることでしょう。
先生は自分の価値観、言い換えれば、生き方を彼らに示しており、ここで初めて、彼らの新しい価値観が生まれるのです。

 教科指導においても同様のことが言えるのかもしれません。私は英語の四技能を高めたいという思いの中、勉強を続けています。その時間の長さが違うだけで、生徒も同様の思いを持っているはずです。
勉強のスタイルも様々ですが、時間の長さの差だけ、彼らの知らない経験があります。そういった経験を通して、こういうところで苦労したよ、ここではこんな失敗をしたよ、ここはこういう風に切り抜けたよ、といった道筋を示すことが出来るはずです。その為にも、専門教科の知識を高めることを止めてはいけないと感じています。

ここまで、手短ではありますが、自分の考えるところを書かせてもらいました。信頼される人間になること。明確な価値観を持ち、それを示すこと。そして、専門教科の知識を高めること。もちろん、これらは一朝一夕で出来ることではありません。自分自身を高める日々の努力を惜しむことなく、これからも頑張っていきたいと思います。


「教育の現場・職員室から」 川村 厚志 先生 
Kawamura

躾教育の大切さ

同窓会の皆様初めまして、私は昭和63年度より海星でお世話になっております川村です。早いもので15年が経とうとしています。係の先生より上記の題材で何か書いて欲しいという事なので、私の考えを想うままに書かせていただきます。

 私の場合、「21世紀の海星を想う」というよりも「21世紀の日本を想う」とした方がいいのかもしれません。長く海星にお世話になり、私なりに1つ大きな事を学ぶことが出来ました。それは、家庭(今では学校が中心となっていますが)での「躾教育」の大切さです。
 人は誰しも親からの遺伝によって、色んなものを身に付けて生まれてきます。たとえば、「性格」「体格」「運動神経」等でしょうか。しかし、「躾」だけは生まれながらにして持ってくる事は出来ません。国こそ違え、誰もがその事を分かっているのか、「マナー」という言葉となって、どこの国・地域でも大切な教えとしてあるはずです。

 最近流行りの「ゆとり教育」「生徒の自主性尊重」というのが、よく教育の場で言われておりますが、これも「躾教育」が土台にあってこその賜物だと私は思っています。躾のない「ゆとり」と「自主性」は一歩間違うと「刃物」になってしまうこともあります。
それでは、その「躾」を教育の現場(本当は家庭だが)でどのように実践していけばよいのでしょうか。主に教科書を教える現場で、家庭に代わって「躾」だけをやる事は大変難しいことです。しかし、我々教員が、授業以外の休息時間・ホームルーム・部活動等を通して、生徒の「躾教育」に厳しくあたる事ができれば幸いだと思っています。

 では「躾」の中心とは何でしょうか? 甘やかされて育てられたこんな私に、そう簡単に答えが見つかるとは思いません。でも、私の好きな戒めの言葉にこんなものがあります。「ならぬ事はならぬものである」(会津藩童子訓)。すなわち、「駄目なことは誰がなんと言っても駄目なんです」。そう、人によって感性・主観は違うけれど、誰が考えても間違っていることは生徒にさせてはなりません。簡単だけれど、こんな事が「躾」として、まず一番大切なことではないでしょうか。こんな風に少しでも生徒の考え・行動の間違いを正してゆければ、これからの21世紀、「いい物」が見えてくるはずです。

 これが私の「21世紀の海星」「21世紀の日本」に対して想うことであります。
 以上


「教育の現場・職員室から」 坂倉 勝巳 先生 
Sakakura

同窓会の皆様はじめまして。平成元年より海星でお世話になっています英語科の坂倉勝巳と申します。現在、進学特別コースの一年生の担任をし、水泳同好会の顧問をしています。
 早いもので海星高校にお世話になって今年で14年になります。初めて海星高校で教鞭をとった時、正直言いまして少し違和感を覚えました。教師が厳しく生徒を指導している姿を見て、自分が経験してきた学校とは、大きく異なっていたため、自分がこの学校で教員として責務を果たしていけるかどうか不安でした。しかし月日が経過し、さまざまな生徒との担任経験を通して、生徒を厳しく指導する躾教育の大切さを認識するに到りました。
 現在、社会では、ゆとり教育とか生徒の自主性を重視する教育が盛んになっており、生徒を躾たり、指導したりすることが少し忘れられているように思います。21世紀の海星の教育には昔の海星のような厳しい躾教育が必要だと思います。教育の基礎となる躾教育を実践し、その後、生徒の個性を伸ばす環境を整えてやることが大切だと思っています。一年生の最初のホームルームで、今年一年間は「海星モード」に早く切り替えることが大切で「強制」の一年だと思いなさいと生徒達に言いました。「強制なくして個性なし」と思って日々教育にあたっています。